『闘争の系統』ネタバレノートにこれまで記載されたラウール王子の正体に関わる断片シナリオを、

一部修正して時系列順に掲載しています。


 25: 凱聖クールギン ◆COOLqGzyd.  :2017/12/01(金) 17:36:34

≪王子誕生――メルヴィオン王室、世紀の大陰謀劇≫

 

それは今から十七年前の事。
メルヴィオン聖王国の王妃エフェリーナが懐妊した。
夫である国王アディラス十六世にとっては、既にいる三男一女に続く五番目の子供である。

アディラス「モルゲグよ、この度の商人ギルドを対象とする税制改革の采配ぶり、
 まことに見事であった。褒美は存分に取らせるぞ」
モルゲグ「ハハーッ、ありがたき幸せ」
アディラス「ところで、そちには昨年生まれたばかりの娘がおったのう。
 せっかく歳も近い事じゃ。もしエフェリーナが男子を生んだならばそちの娘を娶らせ、
 代々功績のあるヒルガノス家の血を我が王家と交えるようにしてはどうか」
モルゲグ「そ、それは光栄の極み!
 この上なき栄誉、誠に痛み入りましてございまする!!」
アディラス「いや待て待て、そう舞い上がるでない。
 もし王子が生まれればの話じゃ。まだ分からぬぞ」

信頼を置く重臣のモルゲグ・ヒルガノスに、
気を良くしたアディラスは宴の席でうっかりそんな約束をしてしまった。
王族に自家の娘を嫁がせてその縁戚となるのは貴族にとっては大変な名誉であり、
また当然ながら自分や一族の地位の向上、権勢の強化に多大な影響力を及ぼす。
だが、この時点ではエフェリーナの胎内にいる子が男か女かはまだ誰にも分からないのだ。
有力貴族であるヒルガノス家との政略結婚は前から考えていた事だったとはいえ、
「もし」と仮定の話をしてモルゲグに巨大な夢を抱かせてしまったアディラスはやはり迂闊であった。
偉大な名君らしからぬこの口の滑りが後に、多くの者の運命を巻き込んだ血みどろの大騒動の発端となる…。

エフェリーナの出産がいよいよ間近となったある日の夜、
王都ネクナールの空に時空クレバスが出現した。
時空の歪みが局所的な暴風を引き起こし、城下では教会の建物が崩れる被害が発生。
そして翌朝、時空クレバスが消えて嵐が収まったのを見た神父が外へ出てみると、
まだ生まれたばかりと思われる一人の赤ん坊が路傍に打ち捨てられて泣いていたのである。

神父「捨て子か? 可哀想に…」

神父はセイロス神が説く慈愛の心でその男の子を抱き上げ、
暖かい教会の中へと運び込んで保護した。
そこへ昨夜の嵐の被害状況の視察のため、
モルゲグが配下の騎士らを引き連れてやって来る。

モルゲグ「む? 何じゃその子は」
神父「今朝方、教会の門前に置き去りにされていた赤子です。
 何やら見た事のない珍しい服を着ていたのが少々気になったのですが、
 哀れにも外の寒さの中で震えて泣いておりましたので保護いたしました」
モルゲグ「ふむ、まあ良かろう。
 神の御心に従い、お前達の教会で面倒を見てやるがよい」

 

26: 凱聖クールギン ◆COOLqGzyd.  :2017/12/01(金) 17:46:38

 

翌日、遂にエフェリーナは子を産んだ。
夫のアディラスはこの時、地方で起きた反乱の討伐のため急遽出陣して都を離れており、
我が子の誕生には立ち会えなかったのだが、
幸いにも帝王切開での出産は成功し無事に健康な子供が生まれたのであった。
(妊婦の腹を切って子供を取り出す帝王切開は、地球では医療技術が発達する近現代になるまでは妊婦の死亡率が高い上に大変な苦痛を伴う危険な出産方法であったが、
魔法が存在するアセーリアでは睡眠魔法と回復魔法の組み合わせにより、
地球の中世に近い文明レベルの時代でありながら安全に施術を行なう事が可能であった)

モルゲグ「お生まれになったか!?」
家臣A「はい。王妃様によく似た、とても美しい姫君です」
モルゲグ「そうか…」

エフェリーナが生んだのは王女であった。
王子でなかった以上、モルゲグの娘との将来の縁組は残念ながらお流れである。
しかし王家の外戚となって権勢を振るう大望をどうしても諦め切れなかったモルゲグに、
ここで悪魔の囁きをする者達が現れる。

マザロン「王室と姻戚の間柄になられるという貴家のご悲願、
 決して諦める事はありませぬぞ、ヒルガノス卿」
モルゲグ「これは怪僧とご評判のマザロン大僧正ではないか。
 諦める事はないとはいかなる意味だ?」
マザロン「よくお考えあれ。幸いにも国王陛下は出陣中でご不在、
 王妃様は未だ魔法による麻酔が解けずお眠りになられたまま…。
 今はまだ、お子様の性別をお二方ともご存じあそばしませぬ」
モルゲグ「ま、まさか…!」
マザロン「もうお分かりでしょう。
 今の内に赤子を密かに別の子と取り替えてしまえば、
 誰も気付かずめでたく王子ご誕生という運びとなるわけです」

怪僧と呼ばれる宮廷呪術師のマザロンは失意のモルゲグに近付き、
子供を密かにすり替えるという恐るべき陰謀を持ちかける。
しかし既に赤子の性別を知ってしまっている産婆や侍医らはどうするのかと疑問を呈するモルゲグだったが、マザロンは人間に擬態する能力を持つワームのネイティブをここで彼に紹介する。

モルゲグ「な…何じゃこの怪人どもは!?
 マザロン大僧正、斯様な化け物の集団を従えておるとは、
 そなたは一体何者なのだ?」
マザロン「ヒヒヒ…。驚かれたかヒルガノス卿。
 我らは別の次元宇宙より遣わされ、
 この世界を支配せんとする者よ」
ネイティブA「ヒルガノス卿は今までご存じなかったでしょうが、
 既にメルヴィオンの宮廷内にも我らの仲間は少なからず潜伏しているのです」
ネイティブB「産室にいる侍医などは我々が斬り捨て、
 擬態してなり代わってしまえばよいだけの事」
モルゲグ「むむ…なるほど…」

こうしてモルゲグを唆したワームのネイティブ一味は、何と出産直後の産室を襲撃。
魔法による全身麻酔がまだ解けずに眠っていた王妃以外の者を全て殺し、
産婆や侍医らに擬態して素早く死体を処理しすり替わった。
そして彼らは、前日に城下の教会でモルゲグが出会ったあの身元不明の男の赤ん坊を、
エフェリーナが産んだ娘と密かに交換してしまったのである。
クロックアップによって一瞬の内に実行されたこの世紀の陰謀劇に気付く事のできた者は、
王宮には誰一人としていなかった…。

エフェリーナ「まあ、何て可愛い男の子でしょう」
シャヴィ「弟が増えて、我らも嬉しゅうございます」
エリス「とても綺麗な翡翠色の目をしているわ。
 我が一族には珍しい色の瞳ですけれど、どのご先祖様からの隔世遺伝かしら」

瞳の色が父親とも母親とも違う翡翠色というのがやや気になる点ではあったが、
元々メルヴィオンが全土を統一するまでは無数の人種・民族の小国に分かれていたロサレダ大陸では、
昔に混じり合った違う人種の血が他の家族とは異なる外見的特徴を子供に発現させる事は珍しくない。
何も知らないエフェリーナは麻酔による眠りから覚めると男の子を抱き締めて喜び、
数日後、出征から戻ったアディラスはこの赤ん坊にラウールという名を授け我が子として認知した。
こうしてメルヴィオン聖王国の第四王子ラウール・エル・アディラスは「誕生」したのである。

モルゲグ「(これで我が一族の栄達も叶おうというもの…。
 あのネイティブどもを味方に取り込めばこの国はわしの思うままじゃわい)」
マザロン「(キヒヒ…愚か者めが。
 お前など所詮、我らの操り人形に過ぎぬわ)」

王家の縁戚となって権力を振るおうとするモルゲグの野望と、
そのモルゲグを利用してメルヴィオンを意のままに操ろうと考えるマザロンやネイティブの企みが、
平和だった王国をこの時期から徐々に侵食するようになって行くのであった。

 

27: 凱聖クールギン ◆COOLqGzyd.  :2017/12/01(金) 17:49:37

 

ネイティブC「誰にも悟られぬよう、
 この赤子の遺体を王宮から運び出して山に埋めてしまうのだ」
ネイティブD(女性)「かしこまりました…」

エフェリーナが産んだ姫は無情にもネイティブの凶刃で心臓を一突きされ、生後すぐに殺されてしまった。陰謀を隠蔽するため、ネイティブらは死体を密かに山に遺棄しようとしたが、
その役目を与えられた宮廷の女官に擬態していた女ネイティブは赤子を犠牲にした余りに残酷な犯行に心を痛め、移送の途中で感極まって涙を流す。

赤子「ぅ…ぅぅっ…」
ネイティブD(女性)「まだ生きている…!?」

その時、不思議な奇跡が起こった。
確かに死んだはずの赤子が、山への移送中に息を吹き返したのである。

ネイティブD(女性)「私の手でこの子を殺めるなど、とてもできないわ…」

赤子に止めを刺すのは忍びなかった女ネイティブは、
王宮を追われる身となったこの哀れな姫の手に王家の紋章の焼き印を刻むと、
山の麓にあった小さな村の道端に彼女を置いて立ち去った。
彼女が王家の血筋を引いている事を示すこの印の意味に、
いつか気付いてくれる者が現れるのを願って…。

マーメイドオルフェノク「………」

女ネイティブが涙ながらにその場を去った時、更に奇怪な超常現象が起こった。
泣いていた赤子の小さな体が光に包まれ、まるで人魚姫のような人と魚が融合した姿の白いモンスターへと変化したのである。
マーメイドオルフェノク。
ネイティブに命を奪われた彼女はただの蘇生ではなく、何とオルフェノクに覚醒した事によって復活していたのだ。

赤子「うわぁぁぁ~ん!!」

数秒後、すぐに元の人間の姿に戻ってまた泣き続ける赤ん坊は、
やがて心ある者に拾われ、誰にも素性を知られぬまま育てられていく事となる。
メルヴィオン王家の血を引きオルフェノク化を遂げたこの数奇な運命の女性は、
これから如何なる人生を歩むのであろうか…。


818: 凱聖クールギン ◆COOLqGzyd. :2016/07/31(日) 13:36:26

≪(閲覧注意!)真相・ラウール王子の正体とは≫

今から三十五年前、隕石に乗って地球へやって来たワームの一派・ネイティブは、
自分達と敵対する別種のワームが将来地球へ攻めて来るのを予測し、
地球人と結託して対ワーム組織・ZECTを結成した。
表向き、ネイティブは地球人との共闘と共存を望んでいるかに見えたが、
実は自分達こそが地球の支配者となるべく密かに陰謀を巡らしていた事は、
後に仮面ライダーカブトとの最終決戦で明らかになった通りである。

擬態天道総司=仮面ライダーダークカブトがそうだったように、
ネイティブの一部には時空を超える特殊能力を持つ者がいる。
ネイティブは異世界アセーリアにも進出してアセーリア人に擬態し、そこで次第に増殖して行った。
ネイティブは来たるべき地球での敵対種ワームとの戦いに備え、
アセーリアを仲間の繁殖場として利用するつもりであった。

そして十年前…。
アセーリアで誕生したネイティブの一匹が戦力として地球へ送り込まれた。

新約聖書『ヨハネの黙示録』に描かれた終末の日に現われるイナゴのような姿をした、

恐るべきアポリュオンワームである。

フィリナ「こっちよ、光平~!」
光平「待ってよフィリナ~!」

牧村光平、この時七歳。
地球へやって来たアポリュオンワームは、まだ年端も行かない光平の姿に擬態した。
アポリュオンワームは光平を殺害して密かに本物と入れ替わるため、背後から忍び寄る。

茂「待てい!」
擬態光平「誰だ、お前は!?」

その時、物陰から一部始終を見ていた城茂=仮面ライダーストロンガーが、
擬態光平の前に立ち塞がった。

茂「人間そっくりの姿に化けて社会に潜伏する
 気味の悪い虫の怪物ってのはお前達の事だな。
 仮面ライダーストロンガーが相手になるぜ! 変身!!」
擬態光平「いいだろう。邪魔をするならば殺してやる!」

ストロンガーに変身した茂と、アポリュオンワームの姿に戻った擬態光平が戦う。

ワームは自分の時間流を加速させ、敵から見た超高速移動を行なうクロックアップが可能である。

 アポリュオンワーム「クロックアップできない貴様など、俺の敵ではない!」
ストロンガー「どうかな? 動きを捉えられなくても、
 攻撃する方法はあるぜ。エレクトロウォーターフォール!!」
 アポリュオンワーム「ぐっ…!?」

ストロンガーは周囲一帯の地表から電流を湧き上がらせる技を使った。
点ではなく面で広くフィールド全体に攻撃すれば、
どんなに高速で動こうが避けようがないという発想の転換である。
クロックアップでストロンガーを翻弄していたアポリュオンワームは、
エレクトロウォーターフォールに巻き込まれ、感電して動きを止めた。
 
ストロンガー「今だ! 電パンチ!」

アポリュオンワーム「グォォォッ…!」
 
クロックアップから通常の時間流へと戻されたアポリュオンワームの頭部に、
ストロンガーは一万ボルトの超高圧電流を帯びた強烈なパンチを炸裂させた。

擬態光平「グッ…グァァァッ…!!」

頭に強い電流を流し込まれたアポリュオンワームは脳がクラッシュし、意識が混乱して苦しむ。
アポリュオンワーム は先ほど擬態した光平の姿に戻ると、
頭を押さえて悶えながら時空を超えてアセーリアへと撤退した。

ストロンガー「逃がしたか…!」

 

819: 凱聖クールギン ◆COOLqGzyd. :2016/07/31(日) 13:38:18

 

メルヴィオン聖王国の国王アディラス十六世の四男ラウール・エル・アディラス王子は、
五歳になると王宮を離れてネクナール城下の修道院に預けられ、
そこで読み書き計算、礼儀作法や神の教えの初歩的内容などの基礎教育を受けていた。
(日本の戦国武将が幼児期に寺に預けられて教育されていたのと似た習慣)
だが、そうして七歳になったラウールの身に事件が起こる。

ネイティブA「見付けたぞ、ラウール王子!」
ネイティブB「覚悟っ!」
ラウール「うわぁぁっ!!」

ある日、突如として修道院に乗り込んで来た謎の武装集団はネイティブ(ワーム)の正体を現し、
院内の礼拝堂で神に祈りを捧げていたラウールに無慈悲な凶刃の一撃を浴びせると、
修道院に火を放った。

エリス「ラウールが…! ラウールがっ…!」
ナダル「姉上、落ち着いて下され!」

修道院の火災の報を聞いて王宮から急ぎ駆け付けた姉のエリス・レイカ・アディラス王女は、
炎上する修道院の中にまだラウールがいると知り、あまりの事に取り乱す。

騎士A「危険です! お下がりを!」
ナダル「ええい! どけっ!
 このままじゃラウールが死んでしまうんだ!」

十歳になるラウールの次兄ナダル・ヴァル・アディラス王子は、
家臣らが止めるのを振り切り、燃え盛る修道院に単身飛び込んだ。
勇敢にも火災現場に突入したナダル少年は、炎の中から弟のラウールを見付け出し、
抱きかかえて脱出する。

 

エリス「ナダル! よくやったわ」

ナダル「ラウールはまだ息はあります!

 ただ意識を失っているようで、揺さぶっても反応がありませぬ」

エリス「とにかく急いで王宮へ搬送しましょう。

 侍医と回復魔法が使える魔術師を大至急集めるよう手配して!」
 

幸いにも大きな火傷もなく救出されたラウールだったが、

煙を吸ってしまったせいか意識不明の状態であった。

エリスとナダルは治療のため、弟を急ぎ王宮へと運び込む。

 

モルゲグ「上手く行ったわい。ククク…」

そんな様子を物陰からそっと覗き見てほくそ笑む初老の男…。
モルゲグ・ヒルガノス。
数年前、ある「重大な罪」を犯したために国王の逆鱗に触れて処刑された、メルヴィオンの元貴族である。死んだはずの彼がなぜ生きてそこにいるのか…?


886: 凱聖クールギン ◆COOLqGzyd. :2016/10/17(月) 00:52:14

≪ラウールとレミーナの絆≫

メルヴィオン王家の外戚でもある有力貴族ラプエンテ家の息女レミーナは、
八歳になると国王アディラス十六世の下命によりアキシアの親元を離れ、
人質として王都ネクナールに送られる事になった。

レミーナ「では父上、母上。行って参ります!」

目に一杯の涙を溜めながら馬車に乗り、生まれ育ったアキシアの城から出立するレミーナ。
だが丁度この時、ネクナールでは王家を揺るがす大事件が起こっていた。
レミーナが都に着いた時、王宮はただならぬ騒ぎの中にあり、
人質の引き取り手続きどころではないほど混乱していた。

アディラス「おおラウール! 何たる事じゃ。しっかりいたせ!」
エリス「幸い、火傷はほとんど負っておりません。
 ただ煙を大量に吸ってしまったらしく、意識が…」

七歳のラウール王子が、初等教育のため預けられていたネクナール城下の修道院で、
火災に巻き込まれたのである。
 間一髪、炎の中から救出されたラウールは意識不明のまま王宮へ運び込まれ、
その後も数日間に渡って昏睡が続いた。

アディラス「ラウール、気がついたか」
ラウール「…誰?」
エフェリーナ「そんな…。ラウール、母の顔を忘れたのですか!?」

数日後、無事に意識を回復したラウールだったが、
火災の煙による一酸化炭素中毒が脳に深刻なダメージを与えてしまったのか、
記憶を全て失って家族の顔すら分からなくなっていた。
更に脳が受けた打撃は手の麻痺という形で運動機能にも影響を及ぼし、
ラウールは右手がほとんど動かなくなってしまったのである。
幼い我が子を襲った突然の不幸に国王夫妻は深く悲しみ、
修道院に預けての教育を中止して今後は親元で保護しながら療養させていく事にした。

アディラス「ナレイン・レンドルフ。
 本日よりそちをラウール付きの小姓に任ずる」
ナレイン「ははっ、身に余る光栄に存じます!」
アディラス「難儀な役務ではあろうが、よく励んでくれ」

レミーナと同じく人質として王都に預けられていた南部の大貴族レンドルフ家の次男ナレインは、
才気抜群の神童と呼ばれて人質の子供達の中でも注目を集めていたが、
その利発さを買ったアディラスによってラウールの小姓に抜擢され、
 片手の不自由なラウールに近侍して身辺の世話をする事となった。

エリス「私があなたの姉のエリスよ。よろしくねラウール」
ラウール「姉上…様?」

記憶を失ってそれまでの知識や経験の全てを忘れてしまったラウールは、
火災事故がもたらした重い後遺症と戦いながら、
家族や家臣らとの人間関係もここでゼロから構築し直していく事になったのである。

 

887: 凱聖クールギン ◆COOLqGzyd. :2016/10/17(月) 00:53:39

 

人質とは家臣の謀叛を防ぐために王家が貴族や騎士の家の子女の身柄を預かっておくもので、
もし実家が王家に反逆した時には即処刑されてしまう立場にある。
とは言え、政情が安定しているメルヴィオンの人質制度は常時そこまでの緊張感があるものではなく、
将来王家の臣として働く事になる諸侯の子に対して直々に英才教育を施し、
幼い内から王家の面々と親交を持たせて信頼関係や主従の絆を育んでおくという人材育成としての一面もあるため、
実家の反乱などの非常事態でない限り人質が不遇をかこって虐待されたりする事はまずなく、
国の未来を支えていくエリートの卵として大切に養育されるのが常であった。

エフェリーナ「レミーナ、よく来てくれました。
 そんなに畏まる必要はないのですよ。
 これからはこの王宮を我が家と思って寛ぎなさい」
レミーナ「ありがとうございます。叔母上様!」
リンディ「レミーナ姉様、リンディです。よろしくね!」
レミーナ「可愛い…。ええ、こちらこそよろしく!」

王妃エフェリーナの姪でもあるレミーナは特に厚遇され、
いとこである王子や王女の世話係という名目で王宮に普段から出入りが許されて、
ナレインのような小姓らと共に彼らの傍に侍りながらまるで家族のように親しく接した。
元々、レミーナは明るく活発で社交的な子で、新しい環境にすぐに馴染み、
親切な国王一家と打ち解けるのに時間はかからなかった。
末っ子でまだ五歳のリンディ王女はエフェリーナの子ではなく側室の子であるため、
レミーナと血の繋がりはないが、二人は実の姉妹のように仲良くなった。

ラウール「うぅっ…。うわぁぁ~ん!」
侍医「殿下、泣かないで下さいませ。
 おつらいでしょうが、ここが頑張りどころです」
ラウール「もう嫌だよ…」

脳障害による手の麻痺の治療方法としては、
積み木をしたり箸で物を摘まんだりというような、
細かい手作業を練習する作業療法が有効であるという事は、
地球と同じくメルヴィオンの医学でも広く認められている理論であった。
ラウールは侍医の指導の下、右手の麻痺を克服するため積み木を重ねる訓練を始めるが、
どうしても手が震えて置き方を誤り、すぐに崩してしまう。
元来、気弱で泣き虫のラウールは失敗を繰り返す自分がつらくて泣き出してしまい、
なかなか訓練を続けられずに侍医を困らせていた。

レミーナ「ラウール、私と一緒にやりましょう。
 きっと上手にできるようになるから。ね?」
ラウール「レミーナ…」

見かねたレミーナはある日、自らラウールのリハビリ介助を買って出た。
姉のように慕っていたレミーナに優しく励まされると、
ラウールは泣き止んで積み木をまた再開できた。

レミーナ「そう、ゆっくりと…」
ラウール「あっ…! ううっ、やっぱりダメだよ…」
レミーナ「泣かないで。別に失敗してもいいんだから、
 ほら、もう一回だけ頑張ってみましょう」

こうしたリハビリは日々の長期的な積み重ねが肝要で、
始めてすぐに劇的に症状が改善するというものではないため、
当事者のラウールにも介助するレミーナにも相当の根気と辛抱強さが求められたが、
それでも頑張り続けた努力はやがて実を結び、
数年の内にラウールはほぼ問題なく右手を使えるほどに快復したのであった。

アディラス「ラウールの麻痺は既に日常生活には支障なきまでに治った。
 将来、武人として戦場で武器を振るうのは難しいかとも思うていたが、
 この分ならば遠からず剣や弓の稽古も始められるようになろう。
 ラウールを不具から立ち直らせたレミーナには、比類なき大功ありと讃えねばなるまい」
エリス「本来なら姉や兄である私達がしなければならなかったラウールの世話を、
 あの子は率先してやってくれています。
 ラウールも、もうすっかりレミーナを大好きになっているようですね」

 

888: 凱聖クールギン ◆COOLqGzyd. :2016/10/17(月) 00:55:59

 

ラウールの麻痺がほぼ快復し、遂に木剣による剣術稽古も始められるようになった九歳の頃の事。
十歳になったレミーナは王宮の庭園の花畑で色とりどりの美しい花を摘み取り、花の冠を作って遊んでいた。
そこへ武芸の訓練を終えたラウールがやって来て声をかける。

ラウール「レミーナ、何やってるの?」
レミーナ「えへっ、お花で冠を作ってるのよ。綺麗でしょ」
ラウール「ふ~ん、どうやって作るの?」
レミーナ「ええとね、ほら、これをこうやって…」

冠の作り方を実際にやって見せながら教えるレミーナ。
興味深そうにそれを眺めていたラウールは、やがてレミーナに訊いた。

ラウール「それ…僕にも作れるかな?」
レミーナ「えっ? どうかしら。
 でも女の子の遊びよ? あまりこういうのを覚えても…」
ラウール「ちょっとやってみるよ」

そう言って庭園の花を摘み、花冠作りに挑戦するラウール。
麻痺がほとんど癒えたとは言え、まだ常人と比べると手先の不器用さが否めないラウールだが、
途中でレミーナに何度もやり方を教えてもらいながら、
悪戦苦闘しつつも少しずつ一生懸命に作っていく。
普通の男の子はあまり好まないであろうこんな遊びをなぜそこまで熱心にやろうとしているのか、
レミーナは不思議に思って横で首を傾げていた。

ラウール「できた! どうかな?」
レミーナ「上手じゃない! 花の組み合わせもとても綺麗だし」

それに何より、不慣れながらも優しい気持ちを込めてとても丁寧に作ってある。
積み木を重ねるのさえなかなか出来なかったラウールがこんな細かい工作をこなせるようになったのは、
治療のためずっと一緒に努力してきたレミーナとしては感慨深いものがあった。

ラウール「じゃあこれ…レミーナにあげるね」
レミーナ「ええっ? わ、私に?」
ラウール「えっと…あの…」
レミーナ「…?」
ラウール「ずっとお礼がしたかったんだ。ありがとう。レミーナ」
レミーナ「………」

すっかり動かせるようになった右手を握ったり開いたりして見せながらはにかむラウール。
つい先日、とうとう木剣の稽古ができるようになって大喜びしていたラウールは、
これはレミーナのお陰だと考え、今までの感謝を伝えたくてプレゼントを作っていたのである。
手先がほとんど動かせなかったラウールが、自分の励ましに応えてここまで立ち直り、
そうして動くようになった手でこんなに素敵な贈り物を自分に作ってくれた事がレミーナはとても嬉しかった。
レミーナの頭にそっと花冠を被せるラウールの手が髪に触れると、
かつてのぎこちなさとは全く違った、柔らかくて優しい手付きが感じられる。
レミーナは感動で胸が一杯になった。

レミーナ「ありがとう…。嬉しいわ!」

ラウールとレミーナの単なる主従や親戚関係を超えた強い絆は、
こうした幼少時の思い出によって培われたものである。
記憶喪失直後の出会いから十年後、黒三日月隊のアセーリア侵攻が始まると、
後遺症を乗り越えて逞しい青年に成長していたラウールはメルヴィオン再興を掲げて立ち上がり、
レミーナはラプエンテ家の精兵を引き連れてラウールの下へ馳せ参じ共に戦ってゆく。
過酷を極める凄絶なその戦いも、この二人ならきっと乗り越えられるはず…。